狭いながらも楽しい我が家

本件土地

地元の知人の紹介で田畑も含めた1000坪の土地と生家の売却が実現(仮名)岡山県·66歳岸本靖夫さん「平屋の古民家だったから買うことにした」お隣の紹介で空き家になった築100年の家を売却「売れるとしても二束三文だと覚悟していましたから、300万円というのは十分な額だと思いました。そりゃあ高く売れるに越したことはないですけど、まあ自分に住む意思はないし、使ってくれる人がいるならそれがいいのかなと」岸本さんの実家の売却が決まったのは、2010年のこと。岸本さんは当時をこう振り返る。実家の隣の造園業の社長だった。その前年に売却話を持ちかけてきたのは、隣といっても数百mは離れているが、岸本さんと造園業の社長は、以前からよく知った仲だ。
「田舎暮らしを望んでいる人がいるんだが、あんたとこの実家を売ったらどうか」電話をかと、けてきてくれたのだ。希望している方はこの地域の出身で、東京に出て商社に勤め、長く海外勤務をしていたそうでその方のご次男が病気療養中で、す。
彼の希望もあって田舎暮らしをしたいということでしたが、岡山県中部、春と秋には雲海が見られることで有名な地域に建つ岸本さんこちら岡山市内に住む岸本さんが、高校時代までを過ごした家であり、の実家だ。
現在、周りには急峻な斜面を利用した棚田が広がっていて、晴れた日には瀬戸内海まで見渡せるという。国道から山道を車で上ること8分の距離だが、それは道が舗装されてからのこと。かつてはでこぼこ道で、雨が降ると大変だったそうだ。戦後間もない1947年に生まれた岸本さんはそんな道を4㎞離れた小学校まで通った。中学生になると学校までは片道3時間の距離。毎日、徒歩で往復したという。
岸本さんの実家は、祖父が独立するときに本家の援助をもらって建てたもの。
分家筋だった祖父は、本家から200m離れた場所に、100坪ほどの敷地に40坪ほどの家を建てた。

1910年代のことである土間、納屋、家畜小屋4Kの平屋という田舎の古民家いまふうにいえば、母屋は4Kの平屋で、それに離れがあるというもの。岸本さんの実家は、母屋の玄関を入るとすぐに土間があり、左手が居住スペース、右手が納屋や家畜小屋などの作業スペースである。居住スペースは、6畳二間に、8畳と4畳が各一間06畳のひとつは食事スペース、もうひとつにはタンスなどが置かれていた。8畳がいわばリビングルームで、4畳との間にある仕切りの障子をはずせば12畳の広間となる。
母屋のほかに6畳と8畳の離れもあり、岸本さんたちが訪れると離れで眠るのが常だった。この実家で結婚式を挙げた。岸本さん夫妻は、親類縁者たちも岡山市内から駆けつけるなど、列席者はおよそ30人。その宴の最中に、ある出来事が起こる。母屋の8畳間の床が抜けたのである。いまでも親戚が集まると必ず誰かがこの話題にふれ、笑い話になるという。

台所の奥には家畜小屋があった。
岸本さんは、昔を懐かしんで言う。昔は牛に引かせて田んぼを耕していました。
私が小学生ぐらいのころまでは牛がいましたね農耕牛だから乳は出ない。でも、ヤギを飼っていたからヤギの乳を飲んでいた。当時としてはわりと体が大きかった身長177,のはそのせいかな。風呂は最初は外にあって、家の中にできたのは牛を飼わなくなってから。家畜小屋のあとのスペースにつくった。風呂焚きがいもちろん、つもの自分の仕事でしたね。薪割りもやりました庭には柿とイチジク、鶏も庭で飼っていた。
アケビの木があり、夏や秋になると、それらの実が鈴なりになった。
少し山を歩けば山菜も採り放題だった。山から切り出したコナラの木に菌種を打ち込み、シイタケの原木栽培も行っていた。

土地をリースする場合に岸本さんは、再び懐かしそうに当時を振り返る。「当時は山にも人の手がたくさん入っていたから、マツタケもよく採れた。一回山に入っただけで、持ちきれないほど採れたものです」つい最近まで水道はなく、井戸の水を引いていた。実家から200m離れた山の中には炭焼き小屋もあった。「どの家でもそうですが、炭焼きもやっていた。
昔はほとんど自給自足でやっていけるぐらい、なんでもそろっていたんです」3か月に1回のペースで帰郷しては空き家の手入れをする手間が次第に負担となる岸本さんが実家の売却を考えるようになったのは、父親が亡くなってからひとり暮らしを続けていた母親が、誰も住む人がいなくなったからだ特別養護老人ホームに入居し、親と離れて暮らす子どもの多くが抱える、今日的問題といえよう。

親が病気で入院したり介護施設に入居してしまったために、定期的に遠路見舞うといった生活を続けている人は少なやがては、必然的に空き家の管理や処分等の問題も降りかかってくる。くない。脳梗塞で倒れた岸本さんの父親は、1990年に75歳でその人生を終えている。以後、岸本さんの母親は、自分で食べるだけの野菜を作り、年金でやりくりする生活を続けていたが、006年に老人ホームに入居。

岸本さんの実家は、誰も住まない空き家になったのである老人ホームに入居するにあたって、母は家財道具はそのまま残し、必要最低限のものだけをホームに持ち込んだ。このころから、岸本さんの心の中では、「いつかこの家を処分するときがくるのかな」という思いがあったという。岸本さんの母親は、その後、循環器系の病を患うなどして、09年に82年の生涯を閉じた。その間、岸本さんは、3か月に一度のペースで、実家の管理のため現地に足を運んでいた「人が住んでいないとすぐに廃屋になるというので、できるだけ実家に帰って掃除などをするようにしました。
もともとすき間風の入る昔の日本家屋ですけど、窓を開け放って、布団を干し6月ごろに草を刈るのが一番大変だったかな。たり、周囲の草を刈ったりね。とにかく、放っておくとすぐに草木で覆われてしまうんです」購入者が気に入ったのは平屋の造りと梁の太さ希望購入価格は坪あたり3000円田舎暮らしを希望していた購入者は、隣の造園業の社長の同級生だった。同窓会で出会いそのとき岸本さんの実家の情報を伝え聞いたという。
「購入希望者は隣の社長と一緒に家を見に来られました。ご家族も一緒でしたね。
とくにご家族家畜小屋などが珍しかったようですね。には土間や納屋、ご次男は、家の特徴的な立派な梁が気に入ったと言っていました。ご本人も、畑で野菜も作れるというのが、希望に沿ったようでした。うちは平屋の建物ですが、田舎暮らしを望む人には平屋が好まれるらしいですね」購入者にとっては、少年時代を過ごした土地であり、勝手知ったるところもあっただろうが家族にとっては珍しいことばかり。

いずれにせよ岸本さんの実家は、希望していた条件にびたリとはまった

岸本さん、造園業の社長、購入者という地元つながりで、空き家を売却できたという典型的なケース。それも不動産業者の仲介案件ではなく、売主と買主の直接取引だった。購入者が出畑をつけてもらって300万円だった。

県·市町村住宅関連補助金

否認する根拠

本来の形式
した買値は、家と敷地、買いたいという人がいるという電話から1年足らずで、100坪の敷地と古民家、(9良の田畑の譲渡が300万円で成立した。1坪あたりに換算すると、00坪)おおむね3000円ということになる何はともあれ売却が決まって、しかし、売却が決まったのは母親岸本さんとしては一段落。が亡くなってからまだ1年、そのため岸本さんの実家は、まだ母親が暮らしていたころのままという状態だった。
購入者も立ち会って片づけ開始古い仏壇は処分古い柱時計や玄関脇にある下足入れ、タンス、掘りごたつ、座卓など、いわゆるアンティークなものは購入者が残すことを望んだ。まったく使われていなかった古釜や鍋も珍しがられた。そこで、本格的に片づけを始めるにあたって、購入者にも立ち会ってもらい、そのはま残すものと不要なものを選り分けてもらった。
わずかに残っていた炭や薪もそのまま残してほしいということ納屋の中にあった農機具、だったので、納屋に関してはほとんど手をつける必要がなかった。結局、納屋や家畜小屋にあったものは全部残していきましたね。
もちろん残したものについては無償です。値段のうちともいえますね。牛の餌まで残しました。牛もいないのにね。

そのこ『もし牛がいたら、牛つき古民家ということで、とを元商社マンの購入者に話したらもっと高い値段で買いましたよ』と言われました家財道具のうち使えるものと形見の品だけを持ち出し、その他衣類や書類、古い寝具、神棚にいたるまで燃やせるものは庭で燃やした。周囲にもうもうと煙がたちこめたが、隣家は数百m離れているから気兼ねすることはなかった。傘やゴルフクラブ食器類やガラス製品、陶器、などの金属製品、それに家電品などは回収業者に有料で処分してもらった。母親が老人ホームに入る際に、裏山にあった先祖代々の墓から少し離れた寺の墓地に墓は、移している魂を抜くお経をあげてもら古い仏壇は処分することにして、処理は菩提寺にお願いしました。
地方の活性化い、菩提寺の住職に来てもらい、魂を入れるお経をあげ新たに岡山市内の自宅に仏壇を購入。てもらいました!お彼岸には、岸本さんも両親のお墓参りに故郷へ足を運ぶ。季節によっては、子どものころに遊んだ裏山に登って山菜採りもしている。
そうして裏山からかつての家を見下ろしてみるといまは新しい住人が畑に野菜やソバを植えるなどして、田舎生活を十分に満喫している様子だという

親·家·片アド,uス田舎にある先祖の墓を移すときの手続きお寺でも、霊苑や墓苑でも、墓地は購入した(する)ものではありません。永代使用権土地の所有権ではないのです。は、お墓は借りるものなのです。
お墓がお寺の墓地にある場合、地域や宗派によって多少の違いがありますが、年会費や管理費などが設定されているのが基本です。金額は1S2万円といったところ。親の死後もお墓をそのままにしておく場合、お寺に連絡をして年会費·管理費の請求先を自分あてにしてもらいます。
檀家である場合は、本堂の改修などで寄進を求められることもありますが、お墓を維持するためには、連絡先を知らせておくことが不可欠です。宗派を問わない霊苑や墓苑の場合も、年会費の請求先の変更を申し出ることになり管理費の滞納が続くと、ます。無縁仏になることもあるので注意が必要です。遠隔地にあるお墓を、自分が住んでいる近くに移す場合はどうでしょうか。

墓地に埋葬されている遺骨や遺体を他の墓地や納骨堂に移すことを改葬と呼びますが、改葬許可申請書当該の役所にを提出し、許可を得たうえで移すことになります。改葬許可証は、移転先の墓地の管理者に提出します。ただし、埋葬してある場所によっては、改葬の手間が異なるようです。宗派を問わない霊苑などの場合は契約書類が整備されていることから、その契約書の規約に従い永代使用権の放棄手続きをするなど、事務的にすむはずです。一方、それも古いお寺にあるお墓を移そうという場合は、お寺、さまざまな手順が必要になります。
お寺にとっては支援者ともいうべき檀家が離れることを意味するのですから、お墓の管理者である住職にワケを話し、まずは、円満な解決を図るのが基本でしょう。そのお寺の住職に供養をしてもらったら、そして、業者などに依頼して遺骨を取り出します。新たな納骨先のお寺でも、そこの住職にお経をあげてもらうというのが一般的です。両方にお布施が必要になるということです。

高校時代の友人が不動産会社をやっていた!

おかげで相場より有利な条件で生家を売却。
関根郁子さん(仮名)千葉県·65歳「いい家を残してくれた親に感謝しなくちゃね」生家の売却に尽力してくれた高校時代の友人はこう言った2002年に81年の生涯を閉じた。
葬儀から3か月、関根さんたちは実関根さんの父親は、家近くの菩提寺に出向き納骨。すでに空き家になって2年以上経過していた実家にも足を運んだことはいうまでもない。はじめて気がついたといっていいでしょう。実家をどうしようか、と。「そのときに、同時に誰かに貸すのもいいし、売り払ってもいいと、あまり感傷に浸るまいとも自分に言い聞かせました」現在の住まいを離れ、故郷に戻る選択肢はなかった。
関根さんにも関根さんの兄にも、こういうとき、頼りになるのは故郷の友人です。地元で「兄と相談し売却することにしました。快く引き受けてくれました。

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大きすぎる土地利用

『あな不動産会社を営んでいる高校時代の友人にワケを話したら、駅からも近いからなんとかなるだろう』ということでした」たの家は広いし、買い物にも便利。それを見たところで家がいくらで売れるのか実家の年間の固定資産税は十数万円。ただし、見当もっかない。高く売却できればそれに越したことはないのですが、友人頼みというか、友人の言い値で売っ不動産の売買が活発な地ていいという気持ちでした。そんなに辺鄙な場所ではないとはいえ、区とも思えませんでしたから。兄もそれでいいということでした父親の納骨からおよそ5か月後のことだった。
友人から電話がかかってきたのは、「友人は買い手が見つからなかったら、自分が購入してアパートにしてもいいと考えていたよう美容師をしている子どものためにその親御さんが購入してくれることになり、です。美結局、母屋は古い家屋ですが、道路に面した2階建ての離れ容室に改装することになったようです。というのが決め手になったそうです。
取り壊さなくても美容室に改装できる、は比較的新しく、不動産の仲介手数料は基本料6万円に価格の3%というのが標準だそう価格は1200万円。いい物件を持っていた両親に感謝しなくちゃですが、友人はそれも少しまけてくれました。
と友人に言われました」
母に先立たれた父同居を断りひとり暮らしを続けていたが寂しさからか認知症が進行茨城県でも場所によっては、東京への通学·通勤は可能だが、関根さんは、茨城県出身。太進学と同時に上京した。平洋に近い関根さんの実家からでは通学は無理ということで、結婚から数年後には、現在の地にマンションを購入。以来、今日まで千葉県民を続けている孫も2人を数える。1人いる兄は山梨県在住だ1男1女の母親であり、ひとり暮らしをしていた親が、関根さんの実家が空き家になったのは、介護施設に入居した親が亡くなって空き家になる例も多いが、介護施設への入居によって空き家になるためだ。
先に亡くなったのは母親。ひとり残されたのは父親ケースも少なくない。関根さんの場合は、である結婚。その後、関根さんの父親は3人兄弟の関根さんの両親は、同じ職場で知り合い、一番実家から独立してマイホームを構えることになる。

収入証明書その家こそ、関根さん下だったことから、生家であり実家である。と関根さんの兄にとっては、私が上京してからは、ふたりき「両親は同じ歳。存命であれば、もう90歳を超えていますね。の生活。母親は音楽などの趣味を楽しみ、国内を中心に旅行にも定年退職後は、父親は書道、

よく出かける生活を送っていたようです」そんな生活が暗転するのは1991年母親が病に倒れ亡くなってしまったのだ。母に先立たれた父はひとり暮らし。
近くに住む親戚や近所の方々が食事を届けてくれることもあったようですし、自炊も嫌いなほうではなかったようです。私は月に1回は足を運ぶようにしていました。
何度も千葉での同居を誘いましたが、そのたびに『気ままな生活がいい』と、父が首を縦に振ることはありませんでした一般的に、妻に先立たれた男性の寿命は縮まるといわれる。関根さんの父親は、伴侶なき生活を10年余りも続けることになるが、やはり、異変が起こった。いわゆる、認知症だ。関根さんは、以前にも増して頻繁に帰郷し、父親の世話をした。
山梨に住む兄夫婦にも協力を懇願、義姉も快諾してくれたという。だが、子どもたちの献身的な世話にもかかわらず、関根さんの父親の認知症は深刻化していく体力の衰えも目立つようになってきた。

往復4時間の実家通いを続けたものの自宅での介護は限界!
特養への入居に踏みきるお互い1か月に半分ずつ世話をするために帰郷を繰り返し兄夫婦とローテーションを決め、そんな関根さんたちにも次第に疲れが蓄積していく。ていた、兄夫婦はおよそ7時間である。それぞれの自宅と関根さん関根さんは自宅から往復4時間、の父親宅という二重生活の負担は想像以上に重い。家族による介護が限界になってきたのだ。関根さん自身も、父親の認知症の進行具合に心を痛める一方で、兄夫婦、特に義姉の苦労や負担をひしひしと実感したという。ついには、施設への入居の決断を迫られることになる。
「万一に備えて、私名義の通帳で保管していたのですが、親の預金を下ろし、確認したら500万円程度しか残っていませんでした。兄も私も経済的にそんなに余裕のあるほうではないので有料老人ホームという選択肢はありませんでした。
そこで、特養と呼ばれる特別養護老人ホムに入れようということになったのです」現在では、金融機関は本人確認を厳格にしており、本人が直接銀行の窓口に行かないと本人名義の預金を引き出せないようになっていて、入院や介護施設への入居費用の工面に苦労したという人も少なくない。
関根さんのように、親が元気なうちに預貯金を移し替えておくのもひとつの方法だろう。当初は父親の家の近くで施設を探したのですが、町にひとつしかなく2030人待ちという状態。結局、私が住んでいる周辺で探して、どうにか頼み込んで病院や介護老人保健施設に入れてもらったのです。しかし、入所期限が切られました。短期間で4、5か所を転々とし、ようやく特養に入れたのは千葉に引き取ってから1年後のことでした。

それでやれやれとひと息つけた安堵感から空き家になった家の処理のことなど、まったく思いが至らないほどでしたのです。

親の家の片づけは父の葬儀の1週間後に開始しかし自分たちだけでは手に負えず業者を頼むことに「家を売ることに決め、『なんとかなるだろう』という返事をもらったので友人に相談すると再び実家に戻り家財の片づけに取りかかりました。

住宅·土地

地方の活性化

個人情報の漏えい

しかし、親家片は、親家片よりも厄介な問題が発生元気なうちの亡くなったあとのすることが意外に多いのです。親の家財道具を片づけるといっても、親が生きていますので本人の承諾がなければ、息子や娘だといっても勝手に整理してしまうことはできません。いるものといらないもの親子立ち会いでしてもらうのですが、「あれも、の確認は、こ

という親が多く、なかなか整理が進まないために、れも残しておきたい」親子喧嘩になってしまうケースもありました。

高齢者専用住宅や高齢者施設の広さの関係もあり、持っていきたくてもすべては持っていけ家財道具の大半は処分することになるのですが、良好な親子関係を築いていなかっないので、やっぱりこれも捨てられない!あげくたりすると、あとからと親が拒絶するようになり、は、高齢者専用住宅や施設への転居そのものを拒んでしまうこともあるのです親の認知症が進み売却の意思が確認できなかったまた、親の家を売却しようというときに、り、親が自筆で契約書にサインができない場合は、法定後見人の選任が家庭裁判所による決まらない限り、売却はできなくなります。

親が判断能力のあるうちに任意後見人そうした事態を回避するためには、になって、親任意後見契約と子でをしておくことをお勧めします。本人を保護し、支援,活動するという意味では、法定後見人も任意後見人も変わりありませんが、認知症が進んでから家庭裁判所で法定後見人を選任するとなると、かなりの期間を要し弁護士などが選任されることもあり、ます。
裁判所の判断で、子どもの思いとは異なる判断によって売却が進められることもあり、頭を抱えている方からの相談も非常に多いのも事実ですそれに対して、任意後見人の場合は、親子での契約書を公証役場で作成することで法務局に登記されるため、任意後見人の地位が公的に証明されます。
後見人であることがその時点で、確定するわけです自分の親の遺産が相続人である子どもの判断ではなく、他人の判断で処理されていくなんて親の家を片づけるためには、考えたくもありませんよね。後見人に対する知識も身につけておきたいところです。空き家になった親の家の仏壇の処理に迷ったら「遺品整理をしようと思うんだけれど、仏壇はどうしたらいいのでしょうか?」私は深く考えずに答えました。
そう質問されたので、ご自宅までお運びしましょうかところが、仏壇をどうすればいいのかという問いには、単なる物の移動とは違った意味合いがあったのです「いえ、うちには置き場がないので……」どうも自分は引き取りたくないので、私どもに処理を任せたいという趣でした。
他の兄弟も積極的に引き取ろうという遺族はいませんでした。
同じような考えで、結局、仏壇の行き場が決まらないうちは遺品整理ができないという結論に至り、引き取り先が決まり次第ご連絡をいただくことになりました。最近はこのように仏壇を引き取りたくないという遺族が増加しています。
狭いながらも楽しい我が家なぜ、仏壇を引き取れないのでしょうか昔の家には仏壇を置くためだけの部屋があったり一番の要因は、設置スペースの問題です、床の間の横に仏壇を設置できるよう設計段階からスペースを確保していました。しかし、最近は仏間どころか仏壇を置くスペースすらなく、冷蔵庫のような大きな仏壇ともなれば、邪魔な存在でしかなくなりました。引き取れない……とはいうものの、もっとも、そこにはある種のためらいが見て取れるのも事実です。
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したがって、お墓は不動産のように売却することはできないのです「永代賃借権という契約になっている場合が一般的です。寺院や霊園などとは永代使用権」先祖代々のお墓が古いお寺にある場合は契約の形にはなっていませんが、管理料が卒塔婆供養のためのお布施などに代わるだけで、基本的な構図は同じです。

減価償却費

建築条件が成就しない場合においては

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そうした管理料やお布施を払続けていれば半永久的にお墓は使用できるわけですが、滞納が続けば無縁仏になるのが大方の流れです。放置されて荒れ果てたままのお墓が増加しているのはそのためです。お墓の売却はできず、お墓を維持するためには管理料を払い続けなければならないとすれば、思いつくのはお墓を移すことですね。それを改葬といったりしますが、これもなかなかやっかいなのです。
お墓を移す場合、元々のお墓があるお寺に対しては、お墓を返却するということになるのですが、抜魂供養といった名目の費用を請求されることもあります。また移転先である寺院や霊園に新たに納骨しようとすると、開眼式などと称して費用がかかることもあります。
手間も費用もかかる、というわけです改葬先は自宅近くの墓や納骨堂にする人が多いのですが、散骨といって、近年は海や山などに粉末状にした遺骨を撒くという納骨手段を希望する人も増加傾向にあります。
いずれにしても、現在まで使い続けていたお墓を閉めて改葬する場合は、市役所や区役所に行き申請を改葬許可書を発行してもらう必要があります。して現在、法律で明確に決められているのは、火葬場への持ち込み段階までです。

正式な死亡断書を役所に提出することで、埋火葬許可証それを火葬場に示さなければ絶対にを受領し、火葬は受け付けてもらえません。基本的には、埋火葬許可証に、火葬を執行したことをその火葬場に持参した火葬場は

それが埋葬許可証になり、納骨の際に、証明するといった裏書をしてくれます。墓地や寺院に提出する、というのが1連の流れです。
骨揚げただし、をして容器に移すわけですが、火葬後は遺骨を拾うその後の処理については決まりがありませんつまり国で定められた定義があるわけではなく、法律上で決められた納骨の方法というのはないのです。
遺骨の処理はそれぞれの判断でできるというわけです。もちろん、どこにでも埋めたり撒いたりしていいわけではありません。ある程度の限られた場所でないと罰せられることもあります納骨やお墓に対する考え方はさまざまですが、最近、都市部で目立つのは、納骨堂を希望する方が増加していることです。公営のお墓の空きが少なくなって抽選が当たらないという現状と民間の墓地が高価になったことも背景にあります。
お寺の境内などにある冷暖房完備のビルのような建物ですので、交通の便がよく雨の日でも墓参りができて、草むしりや掃除の手間もかからないというメリットがあり、最近は人気になっています。
全国ニュータウン会議ちなみに、納骨堂の多くは30年前後の占有権を購入し、それ以後は合同墓に入るという契約が多いようです改葬に必要な書類改葬許可申請書埋蔵されている墓地の管理者の埋蔵証明がされている申請書現在、改葬先の墓地が確認できる書類(墓地の使用許可証,受入証明書など)の家の片づけ!実は親の荷物じゃなく、子どもの荷物?これは亡くなった親の遺品整理というよりは、ほとんどが子どもの荷物じゃないか!遺品整理のお手伝い中に、そう思うことがよくあります。古びた衣類やおもちゃ、子ども用の自転車や学生時代に使っていたスキー道具、レコード、ゲーム、釣竿、漫画などの家財道具がそのまま残っており、子どもたちのトランクルームのようになってしまっている実家も少なくありません。

地方から都会に出てきて住まいを構えて十分な収納スペースを確保できないからと、不要になった品々を田舎の実家に残したままにしている人も多いでしょう。帰省のたびに、不用品を運び込んでいた方もいるかもしれません。このように、親の家といっても、荷物を放置しているのは子どもさんだったというケースは多いものです。親が亡くなったり、高齢者専用住宅に入居したり、病院に入院したりという段階になるまでに、一度、子どもたちが皆で集まり、事前に実家の家財道具などの整理をする機会をもってみてはいかがでしょうか。
意外にも自分の荷物が多すぎてびっくりすることになるかもしれません。
読者の皆さんも、実家を倉庫代わりにしていませんか^親は倉庫の管理人ではありませんよ!

親元を離れ都会暮らしを始めると頻繁に実家に顔をだすことも難しくなるのはしかたのないことですが、その当時は健康だった親たちも、年月を重ね高齢となり、家の後片づけも次第に億劫になり、いつの間にか親の家がごみ屋敷になってしまっていたなどということもよくあり部屋の整理の手伝いをしてあげてください。

ます。
そうなる前にたまには実家に帰り、

終わりのあいさつに代えて-親家片で後悔しないですむために私が死んだら空き家になってしまう家の後片づけと、遺品の整理についてご相談したいのですご本人自らこんな相談を持ちかけてくる方が大勢おられます。ひとり暮らしの方ばかりでなく、お子さんのいらっしゃる方もいます。そうした相談を受けるたびに、思うことがあります。

未成約区画

市街化調整区域の開発

せっかくの親子でありながら、親の意思や希望を聞いてあげない子どもが増えているのはどうしてか、ということです家やお墓の片づけにせよ、遺品整理にせよ、事前に本人の希望をさり気なく聞いておくと親とのコミュニケーションはとても大切なことなのです。いった親子関係、しかし、多くの家族が、さまざまな事情やタイミングのずれによって、肝心なことは聞けずじまい、故人の遺志を確認できていないケースは少なくないのが現実です。私ども第三者からそんなことも聞いてなかったのと思ってしまうような事態も、しばしば目にします見ると私が相談にのったケースではこんなことがありました。
「80歳になってたまたま入院したらそれまで疎遠だった子どもが突然現れ、エンディングノートを差し出して『死んだときのためにちゃんと書いておいてくれ』というんです。それ以来、ちょくちょく現れては財産の話をし『遺言書を書いておいてくれ』とまで迫ってくるのです」てその方はとてもショックを受け、一切の遺産を渡したくないとおっしゃっていました。その気持ちはよくわかります。

相続人がひとりでしたのでそれ以上のもめごとには発展しないと思われまこの方の場合は、すが、複数の相続人がいたらどうなっていたかは想像できますよね娘さんが高齢の父親を喜ばそうと『おひとりさまでもだいじょうぶノート。』をプレゼントしたところ、父親はむっとした顔をして、「俺が早く死んだらいいと思ってるのか!」と怒鳴られたという話も聞きました。

母親が怒るケースはまずないのですが、父親の中には怒り出す人がいるわけですね少しずつ時代も変わり、エンディングノート終活という言葉が流行して世間ではやいて、高齢者の方も自分の死について事前に考えることがタブーではなくなり、当たり前のようになってきていますが、財産に関しては、やはりやまだまだ敏感に反応してしまう親が多いということです。

だからこそ、早い段階で何でも話し合える、信頼できる身内の関係を作っておくことが重要なのです。亡くなっていく側につらい思いをさせないような関係を長い時間かけて作るとともに、言葉使いもよく考えてあげてほしいですね。身内だからこそ聞きづらいという場合もあるのでしょうが、もし、あなたが死んだら……という話を聞いておいてあげることは、「あなたが死んだら、とても重要なことなのです。
財産であれば最低ですが、次のような話を本人から聞いておいてあげることはとを私に頂戴ね!」もちろん、遺族になる者同士も、てもよいことだと思います。良好な関係でなければいけないという考えを再認識してください。

どんな送り方亡くなったこ「あなたは何をしてほしいのですか?がいいですか?(葬送)とを誰に伝えてほしいですか?」「財産は誰に相続してもらいたいですか?」納骨はどうして戒名の希望はありますか?「だれに希望を実行してもらいたいですか?」ほしいですか?実は、このようなことを誰かに伝えて託しておけるということは、本人にとっても、とてもありがたく安心できることなのです。
はっきり聞いておいてあげたほうがいいのです。視家片物理的な作業や手続きだけではなく、意味深いものだということをご理解いただは、けたでしょうか。最後までお付き合いくださリありがとうございます。

いま地方の家が売れない7軒に1軒は空き家!不動産取引が比較的活発な都市部にある家や、十分な広さを備えた優良物件ならともかくごく普通の家の売却はなかなか容易ではない。
とくに、親の家が地方にある場合は、買い手が少ないだけに売却をあきらめるケースさえある。
全国ニュータウン会議日本中で空き家が増え続けているという現実が、それを物語っているいまや地方ばかりか都市部でも空き家が増え続け、防犯や防災面からも問題になっている。総務省の調査によれば、2008年10月時点での全国の空き家は757万戸、全国で約5759万戸を数える住宅の13%強に相当する。実に、ほぼ7軒に1軒が空き家ということだ。空き家問題は社会問題といった漠としたものではなく、もはや、私たちの身近に差し迫りつつある問題だといえるしかし、過疎地に建つ古い家の売却を実現した人もいるように、まったく売れないということでもないようだ地場には地場の需要がある。
地元の人である。地方の場合、不動産の購入者の大半は、ある地元に縁がある人だいは、そこでポイントとなるのが、あなたが売却したいと思っている空き家地方での人脈である。が、就職や進学のために離れた生家だつたとしたら、そこには同級生もいれば、知人も親戚もいるはず。
頼りになるのはそうしたネットワークである地方の家の売却は、いい値がつかなくて当たり前それでも持ち続けるよりは得田舎の家は都市部の家に比べ構えが大きい。
都市部の不動産価格の半値で見積もっても相当な金額になりそうなものだが、現実はそうはいかない。土地の評価には、固定資産税の額を決めるときの基準となる路線価など公的な資料があるが、これらは売買価格ではない。
実際の売却価格はケースバイケースで地域によってはその3分の1、10分の1ということさえあるいい買い手を見つければ路線価並みに売れることもあるだろうが、往々にして時間がかかる時間がかかればその間余計な経費が発生するため、売値が安くても早めに処分したほうが結果的に得ということもある。
家を残すということは、手間もお金もかかることなのだ。空き家のままにしておくといっても、誰も住まなくなった家は傷みが早い。いかに空き家とはいえ、荒れ放題にしていては近所の住民に不安を与えかねないし、防犯の面でも、また防災の面でも問題がある親がいなくなり、誰も住まなくなった地方の空き家を定期的に見回り、家や敷地の維持管理を請け負うサービスも増えているが、多くの場合、有料のビジネスとして行われている。

経年劣化による建物の倒壊を防ぐには、補修工事も必要となるそれを避けるには更地にすればいいのだが、家屋の解体にお金がかかるし、更地にすることで場所によっては固定資産税額が4倍程度に跳ね上がってしまうこともありうる。

空き家問題いま自分が住んでいる家以外に、は、もう一軒家を維持するという経済的問題でもあるのだ地方の空き家を売り抜くための決め手地縁血縁を総動員!実家近くの古い友人が、同級生つながりで買い手をこの章で紹介している売却の実例でも、紹介してくれたケースや、高校時代の友人が社長をしている不動産会社の仲介で、両親がいなくなった生家を売却したケースなど、地元人脈を活用している地方の不動産の需要は地元にあるということで、隣近所や近くに住む親戚に真っ先に売却の話を持ちかけ、それで早期に売却することができた人もいる。
中学や高校時代の人脈のつながりは強い。実家近くの隣近所の人にしても同じはずだ。実際切実な頼みにはほとんどの人が耳を傾けてくれるには親密な間柄ばかりとは限らない親戚も、ことだろう

帰省時などを利用して、そうした人々と連絡をとっておくことは大事だ。田舎のつながりを強化しておけば、空き家になっている実家を処分するときにも、なんらかの助け船を出してくれることだろう。

田舎の古民家

だったから売れた!しかし売値は1坪たったの3000円。
通勤·通学が不便だから